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2005年夏・・JTBのツアー旅行で中国の四姑娘山、九寨溝、黄龍に行ってきました。 数年前、テレビで見たエメラルドグリーンの水の風景を見に行ってきました。 また、感想等を聞かせてください。よろしくお願いいたします。 |
| 7月25日(月) |
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| 成田~北京~成都 |
![]() 北京から成都までの飛行機からの風景 2005.07.25 13:47 |
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何年か前、テレビで世界自然遺産の九寨溝「きゅうさいこう」と黄龍「こうりゅう」の風景を見た。
北海道の巨大な神の子池や斜里岳の龍神の池の風景にいつかは行ってみたいと思った。
しかし、なかなか個人で行けるところではないと思っていた。
この2年ほど、旅行会社のツアーパンフレットを見ては、行くことを考えていたが実現できずにいた。
今年、四姑娘山「すーくーにゃんさん」と共に効率的にまわるツアーを見つけたので早々に申し込んだ。
ツアー代金は、他のツアーと比べると、とても高かったが誰もが知っている大手の旅行会社であるので、
安心料とそれ相応のサービスがあると思っていた。 前日には添乗員さんから最終確認の電話をもらい、いつもと違った旅の雰囲気である。 添乗員さんは男性であった。 行きは、飛行機の出発が9時30分なので、成田空港に7時30分に集合である。 帰りも成田の到着が21時00分の予定なのでうまく電車に間に合うかわからなかったので、成田空港までは車で行った。 明け方の高速道路を順調に走り、帰りに宿泊予定の成田ビューホテルに6時15分に到着する。 車をホテルの駐車場に置いて、6時35分発のホテルの送迎バスに乗る。 途中、パスポートのチャックを受けて、6時50分に成田空港第2ターミナルに到着する。 途中で買ってきた朝食を食べ、旅行会社のカウンターで受付をすませ、自分で搭乗手続きをする。 席は、前方右側の窓側F席だった。 自分の座った席は、壁の前の席でリクライニングがほとんどできない席だった。 添乗員さんの指示に従って、出国手続きを済ませ、連絡バスで中国国際航空CA422便北京経由成都「せいと」行に搭乗する。 機体は、B757-200である。 飛行機は、定刻より少し遅れて離陸する。 上空は雲が多くあまり下の景色は見ることができなかった。 日本時間で10時30分過ぎ、昼食がでる。 飲み物でワインを頼んだら白はぬるめの甘口でいまいちであった。 赤も辛口ではなかった。 ビールは中国産のカールスバーグであったがちょっとぬるかった。 中国時間(日本と1時間の時差)で、11時30分過ぎ、中国大陸上空に入る。 日本と違う風景が見える。 12時00分過ぎ(定刻は12時00分)、北京首都国際空港に到着する。 この飛行機は、そのまま成都に向かう便であるが、入国手続きのために一旦飛行機をおりる。 外はとても蒸し暑い。 ここでも、バスで移動である。 空港内で再搭乗券を受け取り、入国手続きのところで「入境カード」、「入境検疫申明カード」を提出する。 審査が終わり、またバスで飛行機に戻り、同じ席に座る。 添乗員さんが指示を出してくれるのでありがたい。 北京からの乗客も乗せて13時00分過ぎ(定刻は13時00分)に離陸する。 今日の目的地、成都は、四川省にある省都で、古来より天府の国と呼ばれてきたところである。 成都までは山間部を飛んでいく。 14時00分過ぎ、また食事が出る。 今度のカールスバーグは少し冷えていた。 16時00分前(定刻は15時25分)に雨の成都双流国際空港に到着する。 今回は、ボーディングブリッジに横付けされたが、おりてみると建物へ進むのではなく、 横にある階段をおり、バスに乗車である。 ここで、「税関申告書」を提出して外に出る。 外に出ると雨はやんだようである。 ここから現地の女性のスルーガイドが同行する。 迎えに来たバスに乗り、空港を16時15分に出発し、高速道路を通ってホテルに向かう。 今晩のホテル「岷山飯店」に16時45分に到着する。 ホテルの部屋には、無料のミネラルウォーターが2本あった。 冷蔵庫もあり冷やして飲む。 夕食まで時間があるのでホテルの周辺を散歩する。 18時00分過ぎ、バスで夕食を食べに行く。 今回のツアー参加者は全員で13名だった。 全員で円卓を囲んで中国料理を会食する。 この先しばらく飲めなくなると思われるビールを飲む。 高地では、飲酒を控えた方がいいからである。 食事は食べきれないほどの量が出てくる。 食事のあと他の人達は川劇を見に行ったが、翌日のことを考え先にホテルに戻り、早々に寝た。 |
| 7月26日(火) |
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| 成都~都江堰~臥龍~巴朗山峠~日隆 |
![]() 臥龍中国パンダ保護研究センターにて 2005.07.26 --:-- |
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6時00分にモーニングコールがあった。
その前に起きてシャワーを浴びる。
天気は、なんだかどんよりしている。 6時30分に荷物をだし、朝食をとる。 朝食は、ホテルのレストランでバイキング形式だった。 ワンタンがおいしかった。 7時30分、バスでホテルを出発する。 時間ぴったりにロビーにおりていくとみなさんそろっていた。 10分前行動なのだろうか。 学校じゃないんだから勘弁してほしい。 今日から、男性のスルーガイドが増えた。 女性のスルーガイドが花に詳しいので花の名前などの研修らしい。 2人とも日本語が上手である。 特に女性のガイドは日本人が使わないような日本語まで知っていた。 バスは、成都の市街地を40分ほど走り、高速道路に入る。 高速道路は片側3車線で空いている。 ここで、スルーガードからミネラルウォーター(1本5元)と、酸素ボンベ(1本50元)を買う。 25分ほどで高速をおり、都江堰「とこうえん」の市街地にはいる。 都江堰では、2000年12月に世界文化遺産に登録された古代水利施設を見学する。 この水利施設は、紀元前3世紀に岷江という川の氾濫を防ぐために、数世紀の時間をかけてつくられた施設である。 8時55分、バスをおり、奏堰楼から施設にはいる。 スルーガイドの解説を聞きながら、まずは、上から水利施設全体を眺める。 この施設は、まず岷江に人工の中洲、金剛堤によって上流に向かって左の外江と右の内江に流れを分ける。 外江は、そのまま岷江として流れていき、内江は灌漑用水として流れていく。 金剛堤は、竹製のカゴに石をつめてつくられた。 金剛堤の最上部を魚嘴「ぎょし」という。 魚嘴とは、魚の口という意味で、この最上部が魚の口のような形のためこう呼ばれている。 階段をくだっていき、南北朝時代につくられた二王廟に行く。 二王廟には、この施設をつくった李冰と李二郎の親子が祭られている。 二王廟の中は写真を撮れなかった。 さらにくだって、内江のところにおりる。 金剛堤をつくった竹製のカゴに石をつめた見本が展示されている。 金剛堤に渡るための吊り橋、安瀾索橋を渡る。 この橋は、かなり揺れる。 橋を渡ると、少し自由時間になり魚嘴を見る。 みんな集合してから、再度、安瀾索橋を渡ってトイレにより、すぐ北側の入口から出る。 ここでバスに乗り、10時00分に出発する。 都江堰の市街地を抜け、フルーツを売っている店により、片側1車線の山道に入っていく。 交通量はかなり多い。 しばらく進むと高速道路の建設工事をしているあたりで渋滞に巻き込まれる。 このあたりは、重機はなく人の手で道をつくっている。 道路はコンクリート製である。 また、巨大なダム建設が行われていて、いま走っている道は、新しくつくられた道だそうだ。 約1時間ほどで渋滞は抜ける。 道路工事をしているところで交互通行になっていて、それで渋滞していた。 しかし、日本と違って誘導の係などはいない。 隙をついて進むといった感じだ。 だから、余計に時間がかかる。 道の下の方には、いずれ水没すると思われる街などが見える。 所々、土砂崩れが起きているところもある。 進んでいくと途中で、追突事故を起こしたバスが2台止まっていた。 このバスは、比較的安全運転で走っているが、見ているとほとんどのバスやトラックはかなり乱暴な運転である。 すぐにクラクションを鳴らし、無茶な割り込みや追い越しをする。 ここでは当たり前な光景かもしれないが、かなり焦る。 12時25分、映秀「えいしゅう」という街に着く。 ここで昼食をとる。 昼食のあとは、隣にある水晶のお店による。 こういったところには興味がないので添乗員さんと話をして過ごす。 添乗員さんは、アジアをまわることが多く、1ヶ月のうち、20日も海外にいることもあるそうである。 このたびが終わるとまた同じツアーに来るそうである。 13時50分、映秀を出発する。 ここで、今日の目的地、日隆「にちりゅう」へ行く道と九寨溝「きゅうさいこう」方面への道と分かれる。 日隆へ行く道はいきなり、ものすごい砂利道である。 しばらく進むと、コンクリートで舗装された道になったが時々、大きな穴や段差がある。 この道に入ってからは、車はほとんど見かけなくなった。 時々、キャベツやそら豆を大量に山積みしたトラックとすれ違う。 これが中国産として売られているものなのだろうか。 バスは、渓谷の道を進み、15時05分に臥龍「がりゅう」にあるの臥龍中国パンダ保護研究センターに到着する。 野生のパンダは、この四川省の九寨溝や臥龍にほとんどがいるそうである。 ここのあたりは、1963年に臥龍自然保護区に指定され、 1983年に世界自然基金WWFと中国政府によって臥龍中国パンダ保護研究センター (臥龍中国保護大熊猫研究中心)がつくられた。 センターの入口には、パンダを病原菌から守る薬品をしみこませた布が敷いてあり、足下を消毒する。 中は、いくつかのブロックに別れていて、あちこちにパンダがいる。 動き回っていたり、寝ていたり、じゃれあったりといろいろな表情のパンダを見ることができる。 ここのパンダには里親制度があり、日本人の里親も結構いる。 黒柳徹子さんの名前もあった。 また、ちょうど今月はじめに生まれたばかりの双子のパンダも見ることができた。 そして、いよいよ今日の目玉であるパンダを抱っこしての記念写真である。 はっきり言って動物は大の苦手であるが、こんな経験は一生できないと思い200元払い挑戦する。 手を消毒して、わずかな時間であったが順番にいすに座って子パンダを抱っこする。 写った写真は表情がこわばっていたがいい経験であった。 ただ、抱っこするなら、パンダについている土などで服が汚れるので、色の薄いシャツなどは避けるべきだと感じた。 満足してバスに乗り出発しようとしたが、エンジンがかからない。 仕方がないので土産物屋を見るなどしてのんびりする。 その間に、運転手さんが不具合を直して16時10分に出発する。 臥龍の街を過ぎ、標高4523mの巴朗山峠「はろうざんとうげ」を目指す。 臥龍は、およそ標高2000mの街だそうだ。 しばらくは、川沿いの道を進んでいたが、途中から川を離れ、九十九折りの山道に入っていき、ぐんぐん高度を上げていく。 17時25分、貝母坪「かいぼへい」というところに到着する。 ここでトイレ休憩をとり、高山植物を見る。 このあたりで標高3200mだそうだ。 かなり空気が薄く感じる。 急にかがんだり、普通に歩くだけで苦しかったりする。 ゆっくり動くように心がけるが、まわりにせかされて動いてしまう。 いろいろな種類の花が咲いている。 スルーガイドはとにかく花に詳しい。 いろいろと教えてくれるが覚えきれない。 このあたりは、一面が花畑である。 天気はいまひとつで結構肌寒いが、十分きれいな風景である。 17時50分、出発し、巴朗山峠を目指す。 花畑の中をバスは進む。 ガスっていてよく見えないがこのあたりの山肌は一面の高山植物に覆われている。 ちょっと日本では見れない風景である。 18時40分、標高4523mの巴朗山峠に到着する。 今までで自分の足で立ったことがある最高地点は標高3776mの富士山山頂なので、 この高さはまったく未体験な場所である。 貝母坪よりさらに空気が薄く感じる。 少し頭も痛い。 天気は相変わらずすっきりしないので視界は悪いが、雄大は景色が見える。 18時50分、巴朗山峠を出発して、道をくだっていく。 巴朗山峠から10分ほどくだったところでバスは止まり、またフラワーウォッチをする。 幻の花ブルーポピーやエーデルワイスが咲いている。 ふらふらしながら15分ほど見学して、さらに道をくだる。 5分ほどくだったところにあるトイレによる。 こういったトイレを使うには、お金が必要であるがこの時間だと管理人がいないので自由に使える。 ここのトイレは、以前、中国の偉い人がここを通った時につくられたそうだが、 今回の旅ではじめて扉のない仕切りだけのトイレであった。 男性陣が小をするのは問題ないが女性陣は大騒ぎであった。 このあたりで標高4100mぐらいだそうだ。 ここでは、10分ほど止まって19時30分に出発する。 19時50分過ぎ、猫鼻梁の展望台の手前で今回の目的の山、四姑娘山「すーくーにゃんさん」がわずかに見える。 結構雲がかかっていたが、5分でいいからバスを止まってほしかった。 この先、せかされたり、止まってほしいところを無視されたりといった不満がいろいろと溜まっていくことになる。 バスはさらに進み、日隆の街に入り、20時10分、今晩のホテル「金昆賓館」に到着する。 ここの標高は3200mだそうだ。 外はまだ明るい。 中国の時間は北京が基準なので、北京よりさらに西にいるのでこの時間でも明るい。 逆に朝、陽が出るのは遅い。 時間が遅いのでそのままホテルのレストランに行き夕食になる。 ちょっと独特な中華料理が出てくる。 高山病なのか頭が痛いしあまり食欲がない。 とてもビールを飲む元気がない。 しかし、添乗員さんはビールをガンガン飲んでいるようだ。 慣れというのはうらやましい。 部屋に行き、翌日の準備をして寝る。 |
| 7月27日(水) |
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| 日隆~長坪溝~日隆~双橋溝~日隆 |
![]() 四姑娘山・・長坪溝にて 2005.07.27 10:29 |
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6時30分にモーニングコールがあった。
今日もその前に起きてシャワーを浴びる。 ユニットバスは、排水溝が壊れていて汚臭くさい。 それを除けば、普通のホテルである。 ミネラルウォーターは2本あったが冷蔵庫はない。 今晩もこのホテルに連泊なので荷物だしはない。 朝食は、ホテルのレストランでバイキング形式だった。 メニューは、中華風のものしかなかった。 あまり食欲がない。 周りを見ると日本のツアーが多い。 エレベータの表示にも日本語があったが、ここは日本からのツアーの人が多く利用するようである。 何人か高山病などで調子が悪く今日はホテルで休むそうだ。 自分はそこまで調子は悪くない。 8時05分、歩いてホテルを出発する。 四姑娘山とは、標高6250mの四姑娘山、標高5355mの三姑娘山、標高5276mの二姑娘山、 標高5025mの大姑娘山の4つの山からなる場所である。 ここは、成都から西へ約230kmのところである。 山の名前の由来は、いろいろとあるが、長女という山が一番低い山で、 四女が一番高い山になるというのは日本と逆の考え方である。 ここには、長坪溝「ちょうへいこう」、双橋溝「そうきょうこう」、海子溝「かいしこう」の3つの渓谷を歩くのがメインになる。 このあたりは、四姑娘山自然保護区になっており、それぞれの渓谷に入るには入場券が必要になる。 長坪溝は、四姑娘山の西側に広がる森林の渓谷である。 標高3200mの日隆からエコバスに乗り、すぐのラマ寺から歩いていくことになる。 ラマ寺から標高3500mの枯樹灘までのんびり歩いて1時間30分、さっさと歩けば1時間である。 きつい坂道ではないので、行きも帰りもそんなに差はないと思う。 枯樹灘の先にも歩いていくことはできる。 双橋溝は、長坪溝の西側にある渓谷で、エコバスで氷河浸食でできた湿地のある渓谷をめぐる。 標高2900mのゲートの入口から一番奥の標高3840mの紅杉林までバスで1時間ほどである。 紅杉林からは氷河を見ることもできる。 このあたりは、東洋のアルプスと言われる風景である。 海子溝は、長坪溝の南東側にある渓谷で、日隆の街の南側から登山道がはじまり、大姑娘山などへ登ることができる。 登山道を1時間ほどのんびり登ると標高3440mの斋戒坪[Level Ground of Devout]にでる。 ここで、展望が開ける。 ここから2kmほど進むと鍋荘坪に着く。 今、日隆の上空は晴れているが、山の方は雲が出ている。 ホテルから坂道を5分ほどくだると長坪溝へ行くゲートがある。 ここで入場券を買い、トヨタのエコバスに乗る。 バスは他の日本からのツアーと一緒になる。 8時20分、バスは出発してゲートを通り、坂道をのぼっていく。 途中の山の斜面では、マツタケを栽培しているそうだ。 早朝、収穫して成都、そして日本へ出荷されるそうだ。 ここのマツタケはかなり質がいいそうだ。 バスは10分ほどで、ラマ寺に到着する。 ここには、廃墟になったラマ寺がある。 文化大革命の時に破壊されたらしい。 ここからは、ハイキングになる。 もう一つのツアーは準備体操をはじめたが、我々は8時30分、そのまま出発である。 道はほとんどが木道である。 時々、岩を敷いた道もあるがどこも歩きやすい。 道は、最初少しくだったがほとんどが緩やかなのぼり道である。 標高が高いし、写真を撮りながらなのでのんびり歩く。 添乗員さんは我々と同じペースで歩くが、スルーガイドと元気な人達はどんどん先を歩いていく。 この先、最後までこのパターンが続く。 自分が早いのはおみやげ屋さんだけであった。 木道を30分ほど歩くと左手に滝があり、右手にトイレがあるところに着いた。 滝の方には、虫虫脚瀑布とかかれた板があった。 山はまだ晴れない。 途中には、苔むした木などがある。 また、ベンチやゴミ箱もあちこちにある。 そんな中を現地の人と思われる集団が大声でしゃべりながら我が物顔で歩いている。 ゴミを森に投げ捨て、通行の邪魔を考えずに木道いっぱいに広がって歩いたり、記念写真を撮る。 ここでは、酸素ボンベを投げ捨てるのを見た。 しかも、その場に捨てるのではなく、川の方に向かって投げるのである。 人を抜かす時は、いきなり突き飛ばす。 または、大声で脅す。 逆にこっちが抜かそうとしても全然どこうとしない。 また、写真撮影は、1枚の写真を撮るのに何分も時間がかかる。 まず、木道いっぱいにひろがる。 構えるのに時間をとる。 ポーズが決まるのに時間をとる。 シャッターを押すのに時間をとる。 シャッターを押すかけ声に時間をとる。 シャッターを押してから時間をとる。 画像を確認するのに時間をとる。 そして最後までどこうとしない。 ひどいと更にもう一枚、同じ事を繰り返す。 しかも、老若男女誰もがそうである。 勘弁してほしい。 シャッターを押すときのかけ声が日本語風に言い換えると「1、2、3、4、はい、ポーズ」なのである。 なぜ、こんなに時間がかかるのか不思議であったが、後日、テレビのCMでこう言っているのを見た。 このCMが悪いのかもともとそうだったのかはわからないがとにかく時間をかけすぎである。 ちなみに、自分は、これらの動作に1分かからない。 彼らはあんなにせっかちなのに・・ これもこの先、いろいろな場所で見る光景になる。 周りにはきれいな花畑があったり、景色はいいのに、彼らを見ているとすべてが嫌になる。 歩くにつれて少しずつ山が晴れてきた。 四姑娘山が見えてきた。 山が見えるところで写真を撮りながら進む。 9時40分、橋を渡る。 ここからの四姑娘山の写真がかなり絵になる。 ほとんど雲もきれてきた。 少し進むと馬車道が近づいてきた。 ラマ寺から馬に乗ってくることもできるのである。 経験として乗ってみたい気もしたが、歩いてきた方が風景がいいと思う。 9時50分、標高3500mの枯樹灘に到着する。 ここは上高地の大正池のようなところである。 川に何本も枯れた木が立ち、背後には標高6250mの四姑娘山が高くそびえている。 現地の人と思われる若者集団が川の中洲で大騒ぎをしている。 人がそばにいるのに川で石を投げるのはやめてほしい。 水ははねるし、なんといっても危ない。 興ざめなことが多いが、風景はとても素晴らしい。 ここには、トイレや売店がある。 ラクダがいて記念写真を撮ることもできるようである。 チベットの民族衣装も貸してくれるらしい。 しかし、そんなのには興味がないし、時間もない。 10時20分、枯樹灘を出発する。 来た道を引き返す。 10時30分、橋を渡る。 行きより、晴れていて山がとてもきれいに見える。 時々、背後を振り返りながら歩く。 山がきれいに見える。 現地の人と思われるすれ違うが、日本のように挨拶はない。 しかも、道を譲りあう気もないようだ。 ラマ寺には11時25分に到着する。 すぐにバスに乗り、日隆に戻る。 途中、四姑娘山の4山が一瞬見えた。 しかし、現地の人と思われる人達と乗り合いなのでそのまま通り過ぎてしまう。 10分ほどでホテルの前に到着する。 一旦部屋に戻ってからホテルのレストランで昼食を食べる。 少し、食欲は出てきた。 ちょっと休憩して、14時00分にバスでホテルを出発する。 今度は、15分ほど日隆から西に向かい、標高2900mの双橋溝の入口に到着する。 ここで、エコバスに乗り換える。 バスは、他の日本のツアーと一緒の貸切にしてもらい、エコバスにのり、14時35分に出発する。 最初、双橋溝の一番奥、標高3840mの紅杉林に向かう。 途中、道路工事をしていたりして止まっていることもあったが、15時40分、紅杉林に到着する。 また、ちょっと頭が痛くなってきた。 あまり無茶な動きはしないように心がける。 のんびり動くようにすると大丈夫である。 雲が出てきたが、いい風景である。 西側には、氷河が見える。 氷河を見るのははじめてである。 氷河からは、幾筋もの川が流れている。 ここで子ヤギを抱いているチベット族の女の子と記念写真を撮る。 一枚5元だった。 いい商売だと思う。 土産物を見たりしていると、遠くで雷が鳴る。 一瞬、雲の切れ間からウサギの形をした兎耳峰が見える。 16時00分に、紅杉林を出発して、5分ほど南下して、布达拉峰(布達拉峰)[Mount Putala]で、バスが止まる。 大きなチベットの仏塔チョルテンがある。 ここにも売店も何軒かあり、肉などを焼くにおいがあたりにたちこめている。 ここで、マツタケの串焼きを食べた。 あまり調子がよくなかったのと、脂っこくて味がよくわからなかった。 16時15分に出発して、10分ほど走り、攆魚壩「れんぎょは」でバスをおりる。 雨が降り出す中、傘をさして木道を歩く。 ここからは、川をボートでくだることもできる。 このあたりからは流れもそんなに激しくなく川下りも楽しそうである。 牛が放牧された湿原のような草原の中を歩く。 あちこちに花が咲いている。 所々には、エーデルワイスも咲いている。 橋を渡り、滝を眺め、草原の中、川に沿って木道を進む。 35分ほど歩くと、再度、橋を渡り、川下りの終着点に着き、そこでバスにまた乗る。 5分ほどバスでさらに南下して、17時05分、盆景灘に到着する。 ここでは、川に左手をつけるとお金が手に入り、右手をつけると出世をして、 両手をつけると恋人に出会えるといわれているそうだ。 ちなみに、結婚している人が両手をつけると愛人ができるそうだ。 自分がどうしたかは・・内緒である。 ここも枯れ木が川の中に何本立っていて絵になる風景である。 川を渡った草原には花がいろいろと咲いている。 17時20分に盆景灘を出発して、18時00分に、双橋溝の入口に戻る。 ここでバスを乗り換えて、18時20分に、ホテルに戻る。 19時00分からホテルで夕食を食べる。 あまり食欲はないが、とりあえず食べるようにする。 ビールを飲む元気は全くない。 翌日は早いので早々に寝る。 |
| 7月28日(木) |
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| 日隆~海子溝~日隆~巴朗山峠~臥龍~成都 |
![]() 海子溝・斋戒坪にて 2005.07.28 08:07 |
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5時45分にモーニングコールがあった。
天気は、雨である。 6時20分に荷物をだし、朝食をとる。 朝食は、昨日と同じだった。 あまり食欲がないがお粥とパンのようなものを食べて体力をつける。 頭痛も少しあるが、お腹の調子も悪くなってきた。 7時00分にバスで、ホテルを出発する。 5人ほど走り、海子溝への登山口でバスをおりる。 ここから登山道をのぼる。 傘をさして、山の斜面に沿って少しずつのぼっていく。 10分ほどのぼると入口のゲートがあり、ここから馬でのぼることができるようになっている。 ここは、馬と人が同じところをのぼるので、馬の落とし物に注意してのぼらなければならない。 高度が高度なので、ゆっくりのぼるが少し心臓にきつい。 相変わらず、スルーガイドと元気な方々はさっさとのぼっていってしまった。 途中、花畑が広がったりするが、天気が悪く、展望はきかない。 歩くにしたがって、徐々に麓の日隆の街が低くなっていくのがわかる。 標高3440mの斋戒坪[Level Ground of Devout]につく手前で四姑娘山の山々がうっすらと見えた。 斋戒坪に、8時00分に到着する。 ゆっくりのぼってきたが、言われていたコースタイム通りである。 あたりには、チョルテンがあり、馬が走りまわり、花が咲き乱れているが、雲で真っ白な風景である。 かすかに四姑娘山の山々が時々見える。 天気も変わりそうもないので8時15分、下山する。 四姑娘山の山々は、時折うっすらと姿を見せてくれる。 入口のゲートには、のぼる時にはいなかった馬がたくさんいた。 麓から何頭ものぼってくる。 人がついていなくても自分でちゃんとのぼっていくのに感心した。 のぼってきた道を足軽にくだり、8時50分に登山口にもどる。 言われていた集合時間より早く戻ったのに、せかされてバスに乗り、ホテルに戻る。 5分ほどでホテルに戻り、ホテルで待機していた人達を乗せ、9時15分に出発する。 天気が悪いので、四姑娘山の展望台、猫鼻梁を通過し、行きに寄った標高4100mのトイレに向かう。 トイレには10時に着く。雨が降っているためか今日も管理人はない。 15分ほど止まり、一気に標高4523mの巴朗山峠を目指す。 10時20分に巴朗山峠を通過する。 天気は悪いままだ。 今度は、一気に山をくだる。 11時10分に標高3200mの貝母坪に到着する。 ここで、トイレ休憩をする。 バスにも水をたしている。 11時15分に貝母坪を出発して、さらにくだっていく。 12時30分に標高2000mの臥龍に到着する。 ここで、レストランに寄り、昼食である。 田舎の中華料理が出てきた。 どこでも、日本人向けの味付けをしているそうだ。 しかし、辛さを抜いただけの料理ではないだろうか。 だから、なんか味が今ひとつな気がする。 ここの蒸しただけのジャガイモがおいしかった。 他の食べ物も疲れた胃には優しい感じのものであった。 でも、食欲はいまひとつ。 ちなみに、添乗員さんとスルーガイドが食べている食事は、本場の味だそうだ。 店の奥には、生きたウサギやニワトリがカゴに入っていた。 あれもいつか食べられてしまうのだろうか。 雨はやんだ。 13時10分に、臥龍を出発する。 バスは、快調に進んでいく。 14時40分、映秀の街の入口付近で渋滞の列ができていて立ち止まる。 何が起きているのかスルーガイドが、警察に話を聞いてくると、この先、都江堰までの途中で土砂崩れがあり、 朝から通行止めになっているらしい。 一応、18時頃復旧の予定だという。 土砂崩れの場所まで進むことはできるようだが、いつ復旧するかわからないにのに、 何もない山の中で待つよりはこの街で待つ方が賢明である。 バスの周りには、トウモロコシなどを売り歩く人がウロウロしている。 何でも商売にするといった感じだ。 トイレを借りに行きに昼食を食べたレストランに行った人によると、レストランも人がごった返しているそうだ。 バスはここで待機しているが、トラックなどは先に進んでいく。 焦っても仕方がないので昼寝などをして過ごす。 18時になり、状況が変わらないので行きに昼食を食べたレストランに行き夕食をとることにする。 本来なら今頃、成都で本場の四川料理を食べていたはずであるが、仕方がない。 レストランに向かって歩いていると、止まっているバスのまわりはゴミの山である。 トウモロコシの食べかすや袋などがたくさん捨てられている。 また、果物などいろいろなものを売っている。 レストランはすごい人だったが、スルーガイドの政治力のおかげで、個室で食事をすることができた。 少し食欲も出てきたので、久々にビールも飲んでみた。 ゆっくりと食事をし、のんびりしていた。 添乗員さんたちと談笑していると、運転手さんから電話があり、バスが動きはじめている連絡があったのでバスに戻ることになった。 運転手さんには弁当を持って行っていたらしい。 この先も渋滞が予想されたのでトイレにゆっくり寄っていたら、スルーガイドに文句を言われた。 添乗員さんはゆっくりトイレに行っていいと行っていたのに・・ この件でスルーガイドに対してかなり苛立ちを覚えるようになった。 19時40分、5時間ぶりに映秀を出発する。 多くのバスやトラックがわれ先にと都江堰を目指して走る。 無理な追い越し割り込みは当たり前である。 対向車がきていてもクラクションを鳴らし続けて平気で追い越す。 しかし、対向車がほとんど来ないのがちょっと気になる。 しばらくは、順調にバスは進む。 車窓からは、遠くに土砂崩れを起こしたと思われる場所が見える。 しかし、そのあたりで渋滞しているのも見える。 そして、20時10分頃、渋滞に引っかかる。 バスは、全く動かなくなった。 しばらくして、土砂崩れの場所を交互通行で通る。 その先にも土砂崩れの場所があるのかなかなか進まない。 それでも、少しずつ進んでいたが途中でまったく動かなくなってしまった。 しかし、トラックなどは強引に前に進んでいく。 それでも、はじめは時々対向車の車列がきて、そのあと、自分たちもちょっと進むといった感じであったが、 しばらくすると、対向車もまったくやってこなくなった。 パトカーが1、2度通り過ぎたが、情報はもらえない。 この先には、行きの時に交互通行になっていた場所もある。 あたりはいつしか真っ暗になり、いつ動くのかもわからず、情報も全くない。 ちなみに、どこでもよくつながる携帯電話もつながらないようである。 後ろのバスでは、カラオケ大会がはじまり、前のバスの子供達はジェンカのようなことを外ではじめた。 どちらも現地の人と思われる集団である。 我々は静かに動き出すのを待つばかりである。 トイレは暗がりに行ってするしかない状態であった。 添乗員さんもこんな経験ははじめてだと言っていた。 その後も、時々少しずつ動いたりした。 対向車で遠くまで行くバスもあったが何時に目的地に着くのだろうか。 そして、日も変わり0時50分頃、やっと渋滞を抜けることができた。 途中、食事をはさんだが、あわせて10時間近くバスに閉じこめられたことになる。 運転手さんは、文句も言わず黙々と運転をしてくれた。 個人的には拍手を送りたかったがそういう話題にはならなかった。 バスは、都江堰の街にはいるまでは起きていたが、いつの間にか安心したのか、 寝ている間に高速を通り、目が覚めると成都の市街地に入っていた。 人通りのない、街を走り抜け、2時25分に1泊目と同じホテル「岷山飯店」に到着した。 研修に来ていた男性のスルーガイドとは、ここでお別れである。 彼もあまりちゃんと挨拶をさせてもらえないでいた。 翌日は、出発が早いので若干の仮眠しかとれないが、少しでもベットで休めるのはありがたかった。 本来は、翌日、黄龍「こうりゅう」に行く予定であったが、この調子で行くとみんなで高山病になるおそれがあったので、 明日は、九寨溝をまわり、31日に黄龍に行くことになった。 荷物の詰め替えを急いで行い、寝ることにした。 機内にはペットボトルを2本しか持ち込めないので2本だけ手荷物に入れ、他のは預ける荷物に入れた。 |
| 7月29日(金) |
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| 成都~九寨溝 |
![]() 九寨溝・五彩池にて 2005.07.29 15:34 |
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4時30分にモーニングコールがあった。
外はまだ真っ暗である。
1時間ちょっとは寝ることができた。 5時30分に自分で荷物を持ってバスに集合する。 朝食は、バスの中で弁当が配られた。 食欲は出てきたが、おなかの調子は悪いままである。 5時30分にバスで、ホテルを出発する。 運転手さんも大変である。 バスの中で朝食の弁当を食べる。 弁当の中にミネラルウォーターが1本入っていたが、機内にはペットボトルを2本しか持ち込めないので無理矢理飲む。 5時55分に成都双流国際空港の国内線乗り場に到着する。 添乗員さんとスルーガイドで搭乗手続きをしてくれる。 席は、翼の上、右側の窓側F席だった。 添乗員さんの指示に従って、日本にはない身分証明書の検査を受け、手荷物検査を済ませ、待合室で待機する。 手荷物検査では、ほぼ全員がチャイムが鳴った。 時計などをはずして、キャラバンシューズを脱いでも鳴るのだから、かなり厳重である。 搭乗時間になり、ボーディングブリッジから中国国際航空CA4481便九寨黄龍行に搭乗する。 搭乗券は、日本と違い係員がコンピュータに番号を打ち込み、大きい方の半券をわたされた。 飛行機は、定刻7時00分より速い6時55分に動き出した。 飛び立つと、雲海の上に出て飛行していく。 途中、太陽のまわりに虹が見える。 機内サービスは、ミネラルウォーター1本とクッキーだった。 着陸態勢に入る頃、雲の上につきだした山々がいくつか見えた。 まわりは、どこまでも見渡す限り雲ばかりであったが、少し離れたところが晴れていた。 そこが九寨溝であることを祈った。 九寨黄龍空港は、標高3000mのところにあるので、飛行機はあまり降下しないまま7時50分(定刻は7時40分)、着陸した。 この空港は、2003年9月に開港したばかりの新しい空港である。 それまでは、成都から陸路を一日かけて来るしかなかったのでものすごい進歩である。 飛行機の前と後ろにタラップがつけられ、後部からおり、そのまま歩いて空港の建物に入る。 雰囲気としては、北海道の利尻空港に似ているが、スポットは3つもある。 そのため、定刻ではこのあと、10分ごとに2便、成都からの飛行機が飛んでくることになっている。 建物に入り、荷物を受け取り、バスに乗り込み、8時20分に空港を出発する。 空港を出ると、アスファルトの坂道をおりていく。 このあたりは、どこもアスファルトの道である。 成都のあたりはコンクリートの道ばかりであったが・・ 途中、ガソリンスタンドに立ち寄る。 ここでも、いろいろな土産物を売っている人達がいた。 バスは、そのまま九寨溝「きゅうさいこう」に向けて順調に走っていく。 途中の風景は寝ていてほとんど見ていない。 10時05分、今日、明日と、宿泊するホテル「九寨溝喜来登国際大酒店(九寨溝シェラトンホテル)」に到着する。 ここで早めのチェックインをするが、時間が時間なのでまだ開いている部屋がなく、離れた建物へ案内された。 この建物の中の、部屋の表示がわかりにくく、自分の部屋を探すのに苦労した。 部屋は、広く豪華であったが冷蔵庫はなかった。 ミネラルウォーターは2本あった。 部屋で少し休憩して、12時45分にバスで、昼食を別のホテルのレストランで食べるために移動する。 だいぶ食欲も出てきて、しっかり食べて13時45分にバスで出発する。 5分ほどで、九寨溝への入口の駐車場に到着し、入口の溝口まで5分ほど歩く。 途中で、九寨溝との川の合流点があったが2本の川の色が全く違っていた。 溝口でスルーガイドが入場券を購入してきて、記念写真をとる。 この写真は、翌日の入場券に印刷されるそうだ。 九寨溝は、標高1996mの溝口から南にY字型にひろがる渓谷である。 手前の渓谷を樹正溝「じゅせいこう」、奥の西側(溝口から見て右側)の渓谷を日則溝「じっそくこう」、 東側(溝口から見て左側)の渓谷を則査窪溝「そくさわこう」という。 日則溝の奥にある原始森林は標高3060m、則査窪溝の奥にある長海「ちょうかい」は標高3102mである。 溝口から3つの渓谷が交わるY字型の中心、諾日朗「だくじつろう」まで14.5km、 諾日朗から原始森林までは18km、諾日朗から長海までも18kmある。 これらの渓谷を中心として、中国政府が自然保護の目的で指定した、宝鏡崖生態風景区「ほうきょうがい」、 樹正群海風景区「じゅせいぐんかい」、日則風景区「じっそく」、原始森林生態風景区、長海風景区「ちょうかい」 の風景区が集まっている。 九寨溝には、114の海子と言われる湖(池)と、17の滝、47の泉、11の渓流、5つの湿地がある。 ここは、成都から北へ約460kmのところである。 3つの渓谷が交わるところには、諾日朗観光客センター「だくじつろう」(諾日朗遊客服務中心)があり、 レストランや土産物屋が入っている。 溝内は、エコバスでまわることになる。 要所、要所の見学ポイントにバス停があり、混んでいなければ自由に乗ることができる。 ただし、バスによっては止まらない場所などがあり注意が必要である。 団体の場合は、バスを貸し切ることもできる。 明日はバスを貸し切ってまわる予定である。 ほとんどのバスには、ガイドさんが乗っていて中国語ではあるが案内をしてくれる。 ガイドさんの中には、英語もできる人もいて親切にしてくれる人もいるが、我々に対していい感情を持っていない人もいた。 このあたりは、黄龍とともに1978年に自然保護区に指定されるまでは、ほとんど存在を知られていなかった。 その後、1992年12月には、世界自然遺産に登録された。 九寨溝とは、渓谷をあらわす「溝」に、チベット族の村「寨」が9つあるという意味である。 溝口のゲートで入場券をチェックされ、中に入るとバスの駐車場になっている。 ゲートの脇には案内の電光表示板や山火事の発生する危険度を表すボードがある。 この時間から入る人は少ないのであたりは閑散としている。 天気は雲が出ているが晴れている。 行きは、我々だけで小型のバスに乗り、14時10分、則査窪溝の一番奥、長海「ちょうかい」を目指して出発する。 九寨溝のチケットは、スルーガイドが回収されてしまった。 途中できれいな風景を眺めながら(ほとんどが進行方向左側)バスは進む。 現地の女性のガイドさんも乗っているが乗客は我々だけなので、スルーガイドが案内をする。 途中で西洋人の男性が1人乗ってきたが、日則溝に行きたいというので諾日朗観光客センターでおりる。 その時彼は、いきなり日本語を話し出して我々をびっくりさせた。 標高3102mの長海には、15時に到着する。 長海は、九寨溝の湖の中で一番大きく深い。 ここは、すごい人である。 バス停脇にある展望台の横の階段を湖面までおりる。 独臂老人松「どくひ」と呼ばれる片側にだけ枝や葉が茂る松がいい雰囲気を出している。 遠くの山には、少し雲がかかっているのが残念である。 長海の奥の方は、普通の湖の色をしているが、手前の水の色はとてもきれいである。 やはり、写真を撮るのは戦いである。 なんだか落ち着いて風景を見ることはできない。 この湖は、流れ込む川があるが流れ出る川はない。 チベット族の人は、この湖を「あふれず枯れない宝のひょうたん」と呼んでいる。 展望台にあがる。 ここには、売店やトイレがあり、ちょっと先には携帯電話のアンテナが立っている。 アンテナは一応、景観に配慮しているのか茶色に塗られている。 15時20分、バスに乗る。 しかし、添乗員さんとスルーガイドが乗ってこなかったのでどこで降りていいのかわからなかったが、 とりあえず5分ほどで着いた五彩池「ごさいち」の入口でおりる。 添乗員さんたちは、次のバスに乗ってきた。 バスは頻繁に出ていて一本乗れなくてもすぐ次のバスがやってくる。 混雑する場所では、何台ものバスが待機して待っている。 木道の階段をおりていくと標高2995m五彩池にでた。 ここも流れ込む川もなく、流れ出る川もない場所である。 五彩池は、九寨溝で一番小さい湖である。 湖面に日の光がちょうど池にさしこんでいて色がとてもきれいである。 そして透き通るような透明度に感心する。 湖面より上から眺めた方が色がきれいであるが、池の手前に遊歩道があるので写真を撮るには湖面までおりたほうがいい。 ここも大勢の人がいる。 写真を撮りながら木道を進み、バス乗り場に着く。 ここからバスに乗るが、ものすごい人で、誰もが順番は関係なしに人を押しのけすごい勢いでバスに乗り込んでいく。 そんなことをすると、かえって効率が悪いのにそういった考えはないようである。 その勢いに圧倒されながらバスに乗り込む。 バスは座席が一杯になるまで乗車させて発車する。 バスは何台も待機していて次々と来るので一台ぐらいあとになっても特に問題は無いと思う。 バスは、15時50分に五彩池のバス停を出発し、右手に上季節海「じょうきせつかい」、 中季節海「ちゅうきせつかい」、下季節海「かきせつかい」を見ながら進む。 上季節海の湖底には何本ものタイヤの跡がある。 この湖は季節によって水が枯れることがあるが、そのときに車で走り回ったのだろうか。 長海から五彩池への遊歩道は大勢の人が歩いていたのだが、上季節海の対岸の遊歩道は誰も歩いていない。 下季節海の先には、右手に則査窪寨「そくさわさい」という村がある。 家の外壁は、とてもきれいな装飾がされていて、家のまわりには何本もの旗、 タルチョと呼ばれる経幡「きょうばん」が立っている。 諾日朗観光客センターを通り過ぎ、16時20分、標高2315mの犀牛海「さいぎゅうかい」でバスをおりる。 犀牛海は、九寨溝で2番目に大きい湖である。 魚が泳いでいるのが見える。 九寨溝の湖には、黒く小さいウロコのない鯉、裸鯉が生息しているだけとのことである。 湖をくだっていくと水は、木の茂った中を流れる川になる。 川には、流れを利用して回転するチベット仏教の経文が納められたマニ車と呼ばれるものが設置された建物がある。 マニ車を回転させると、その数だけ経文を唱えたことになる。 途中、川にかけられた木道を対岸まで渡り、戻る。 木がしげっている中を川が流れているとは、とても不思議な光景である。 車道脇の木道の遊歩道をさらにくだると、トイレバスが止まっている。 九寨溝の中には、何カ所かトイレバスが止まっている場所がある。 これは、トイレだけが設置されたバスである。 さらにすすむと標高2298mの老虎海「ろうこかい」がある。 波立たない湖面に山の風景がきれいに写り綺麗である。 ここから遊歩道は、車道からわかれ、標高2295mの樹正瀑布「じゅせいばくふ」という滝におりていく。 ものすごい水しぶきを上げながら水が流れている。 滝をバックに石碑の建っているポイントでは、出たもの勝ちで記念写真を撮る。 いま、だいたい17時である。 少しくだったところでちょっと休憩する。 さらにくだると磨房という製粉所やマニ車のあるところにでる。 ここで土産物も売っている。 スルーガイドがチベット仏教の経文などについて説明してくれる。 階段を上がり車道を渡ると、17時25分、樹正寨「じゅせいさい」の村に着く。 ここは、九寨溝民族文化村になっている。 ここでしばらく自由時間になり、村の中を見て回る。 土産物屋などの売店がたくさんあるが、普通の家もある。 自分でマニ車を回せるところもあり回してみる。 20分ほど見て回り、車道の反対側にわたり樹正群海「じゅせいぐんかい」を見渡す。 地名や説明がかかれた石碑が建っているが見るとコダック社が建てたものらしい。 17時50分、ここからバスに乗る。 右側後ろに座り、風景を見ながら溝口に戻る。 18時05分、バスは九寨溝の溝口に到着する。 ゲートを抜けて、駐車場まで歩く。 行きと違い、ゲート付近は多くの人で混雑していた。 駐車場への途中にある公園を歩いていると、散水車が放水をはじめた。 こっちまで水しぶきが飛んでくる。 駐車場のところでは、屋台が出ていていろいろなものを売っていた。 このあたりは辺辺街というらしい。 バスに乗り、18時25分に、出発する。 5分ほどで夕食を食べるレストランのあるホテルに到着する。 ここでは、ジュースのサービスがあった。 元気が出てきたのでビールを注文して飲む。 中国のビールはアルコール度数の薄いものが多いが、運動をしてきた体には冷たくていいのどごしである。 食欲も出てきて、食も進むようになってきた。 19時25分、バスでホテルに戻る。 ホテルには5分ほどで到着する。 夜、全身マッサージをはじめて体験する。 最初、頭を指圧しただけで、腰が悪いと言われた。 当たりである。 90分、じっくりマッサージしてもらい、他にもいろいろと効いていると思うが、肩がすごく楽になった。 |
| 7月30日(土) |
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| 九寨溝 |
![]() 九寨溝・五花海にて 2005.07.30 10:46 |
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6時30分にモーニングコールがあった。
天気は、雨である。 今晩もこのホテルに連泊なので荷物だしはない。 朝食は、5分ほど歩いた別の建物のレストランでバイキング形式だった。 メニューは、中華風のものもあったが洋風のものもあり久々の洋食を食べた。 8時10分にホテルをバスで出発し、溝口の駐車場まで行く。 5分ほどで駐車場に到着するが、次々にバスが入ってくるし、 カッパや折りたたみ傘を売る人達や観光客で、ものすごく混みあっている。 人の流れに乗り、ゲートを目指す。 ゲート付近もすごい人である。 今日一日で2万人が入場するそうである。 スルーガイドが受け取ってきたチケットには、昨日撮った写真が印刷されていた。 一般客と団体客の入口が違うらしく、ゲートでチケットを見せて通ると一般客はバスに乗る列を作っていたが、 我々はそのまま進み、貸切のバスに乗車し、8時35分出発した。 バスはまず、諾日朗瀑布「だくじつろうばくふ」に向かう。 今日も左側の風景を見ながら進む。 8時55分、標高2365mの諾日朗瀑布に到着する。 雨はとりあえず止んでいる。 人もそんなに多くない。 まず、滝と反対側の展望台にのぼる。 展望台からは、高さ24.5m、幅270mの滝が一望できる。 展望台をおり、道路を渡り、滝に近づく。 ものすごい量の水が落ちてくる。 下から滝を見上げてから、遊歩道を進み、諾日朗観光客センター「だくじつろう」に歩いていく。 途中、休憩ポイントやトイレがある。 諾日朗観光客センターから、またバスに乗り、9時20分に出発する。 今日は、日則溝へ向かう。 途中、鏡海「きょうかい」を通ったとき、風が無く山の風景が湖に映っていた。 しかし、バスは、そのまま通り過ぎてしまった。 サービスが悪いと感じた。 貸切のバスなのだから、ちょっと、止まってくれてもいいのに・・ バスは、そのまま進み、9時35分、標高2587mの熊猫海「ぱんだかい」に到着する。 地下道を通って道路をくぐり、波立っていない熊猫海を見る。 あまり人は多くない。 湖は、晴れていれば綺麗な色なのだと思うが十分綺麗な色である。 ここにも魚がたくさん泳いでいる。 湖に沈んだ木がそのまま腐らずに残っている。 昔は、ここでパンダが水を飲んでいたのでこの名前がついたそうだ。 ここから熊猫海瀑布「ぱんだかいばくふ」に遊歩道を歩いていく。 まずは、階段をおりて滝の下に出る。 滝からは、川の流れの上につくられた木道を進む。 水がとても綺麗である。 途中には、黄龍で見られる石灰化した池がいくつかあった。 いくつかの滝を見ながら、五花海を目指す。 10時10分、標高2472mの五花海に到着する。 雨がまた降り出した。 風はないのに雨で湖面が乱れる。 綺麗な霧が出ているのに残念である。 ここも湖の色と湖底に沈む木や湖底の色が綺麗な風景をつくっている。 景色の綺麗なところには大勢の人がいる。 やはり写真を撮るのは戦いである。 特に湖の北側にかかる橋はすごい人である。 橋を渡り、バス停からちょっとだけバスに乗る。 10時50分、バスをおりて、標高2433mの珍珠灘「ちんしゅたん」に行く。 ここは、所々に木がはえている大地を見渡す限り水が流れている。 そしてその水がすべて珍珠灘瀑布「ちんしゅたんばくふ」として流れ落ちる。 滝の脇をくだる途中では、係の人らしき人の誘導で写真を撮るための行列ができていた。 滝の下は、やはりすごい水しぶきである。 さらに木道を進み、鏡海の駐車場に11時25分に到着する。 ここから、バスにちょっと乗り、標高2390mの鏡海「きょうかい」に11時35分に着く。 朝と違って風が出てきていて波立っている。 朝は、一瞬であったが綺麗な風景を見ることができたのに・・ 仕方がないので11時40分、バスに乗り、諾日朗観光客センターへ向かう。 11時45分、諾日朗観光客センターに到着し、昼食になる。 まだ、中はそんなに混んでいないようだ。 食事は、セットメニューとバイキングがあるらしいが、ゆっくりしたかったのでセットメニューにした。 席に案内されると最初、我々しかいなかったが、そのあと、徐々に人が増えてきた。 食事のあと、建物の中にある土産物屋を見る。 九寨溝の怪しい日本語のガイドブックがあったので、九寨溝と黄龍の地図と一緒に購入する。 このガイドブックによると鏡海は、朝と夕方が風が無く写真をとるのにいいそうだ。 ガイドブックに書かれているぐらいのことであるなら、なぜ、朝、止まってくれなかったのか。 不信感がさらに増える。 今日は、このあと14時ぐらいで九寨溝の見学を終わり、土産物屋に行くと聞いている。 しかし、他にも行ってみたいところがあるので、話がまとまった3人で別行動させてもらうようにお願いする。 諾日朗観光客センターを12時55分に出発し、昨日も立ち寄った樹正寨「じゅせいさい」に行く。 13時05分に到着する。 結構、雨が降っている。 雨は降ったり止んだりである。 標高2280mの磨房から対岸へタルチョ(経幡)が飾られた橋を渡り、遊歩道を進む。 樹正群海「じゅせいぐんかい」のいくつかの湖とせせらぎの中を進む。 対岸には、樹正寨の町並みが見える。 途中、トイレのある休憩所があり、ちょっと休憩する。 雨が降っていなければ綺麗な湖面が見れると思うのだが、せっかくの風景もこれでは今ひとつに見えてしまう。 しかし、それでも綺麗な風景である。 標高2215mの臥龍海「がりゅうかい」を通り、川の上にかかる木道を渡る。 水が湖からあふれて流れ落ちていく様子がよくわかる。 木道を渡ると、標高2187mの火花海「かかかい」に出る。 そこからさらに木道を進み、標高2178mの双龍海「そうりゅうかい」に進む。 ここから14時20分、バスに乗る。 溝口に向かって進むと1998年に発見された、色嫫女神像「しきもめがみぞう」が見える。 今までの不満から「止めてくれ!」と叫んだが、徐行しただけで止まってはくれなかった。 5分ほど走り、標高2140mの盆景灘「ぼんけいたん」に到着する。 橋を対岸まで渡り、戻る。 ここで、みんなと別れて別行動になる。 バス停で来たバスに乗る。 最初に目指すのは、日則溝の一番奥の原始森林である。 バスに乗るといきなりチケットを見せろと言われる。 今日はチケットを持っていたが、昨日のようにチケットを回収されていたら困ったことになったと思う。 どうやら、チケットを持たずに無断で入ってきたと思われたようである。 後にも、先にも、この時だけ言われたことである。 このバスは、ガラガラで、たまたま乗っていたガイドさんが英語ができたのでいろいろと情報を教えてもらう。 このバスは長海の方に行くので、諾日朗観光客センターでおりる。 諾日朗観光客センターのバス乗り場は混んでいたが、バスはどんどんやってくる。 14時55分、原始森林へ行くバスに乗る。 とりあえず、鏡海でおりてみるがやはり、風が出ている。 5分ほどですぐにバスに乗り、原始森林へ向かう。 標高3060mの原始森林へは、15時30分に着いた。 まわりをちょっと歩いてみて、15時45分にバスに乗ってくだることにする。 途中の天鵝海「てんがかい」に寄ってみたかったがバス停がなく、16時10分、五花海でおりる。 朝と比べて人が増えていた。 スルーガイドは、それぞれのポイントを人が少ない時間に案内してくれたというのは実感できる。 しかし、基本的な配慮は足りない。 五花海を上から撮って、すぐにバスに乗る。 諾日朗観光客センターに16時25分に着き、溝口に行くバスに乗り換える。 しかし、乗り換えたバスに我々に対して快く思わない人が乗っていたのでバスを1本見送った。 16時45分、火花海でおりる。 時間がないのですぐにバスに乗る。 相変わらず、バスに乗るのは戦いである。 降りる人も待たずに乗り込んでいく。 17時00分に、溝口に戻る。 溝口の脇を流れる川をちょっと眺めて、ゲートをくぐり、タクシーでホテルに戻る。 タクシーはたくさんとまっていて、17時15分、溝口から5分ほどでホテルに到着した。 タクシー代は一緒だった人におごってもらった。 料金は5元であった。 部屋に荷物を置いて、17時45分、バスで夕食を食べに行く。 溝口付近が渋滞していてちょっと時間がかかった。 このあたりは、クラクション禁止と思われる標識があったが誰も気にしていないようである。 ところかまわず、クラクションを鳴らし、割り込み、追い越し、なんでもする。 そんな看板があるのもすごいと思う。 今日もビールを飲みながら楽しく食事をする。 レストランの舞台では、掛け軸などの販売をしていた。 しかし、あんなに大きいものを家に飾ることはできない。 18時55分、ホテルに戻る。 今日は、この後、チベット民族のショーを見る。 日本円で払うことができ、3000円で見ることができる。 敷地内の会場へは、スルーガイドの後輩という人に案内され、さっき一緒にまわった3人で劇場に向かう。 入場する時に一瞬だけ渡されたチケットの席番と実際に座った席の番号が違う気がしたが言われた場所で見る。 しかし、ショーがはじまって30分ぐらいたってこの席だという人が現れてショーを追い出される。 チケットは、案内した人が持っていってしまったので確認のしようがない。 添乗員さんもどこに行ったのかまったくつかまらない。 結局、そのままショーも終わってしまい、残された2人もまったく楽しめなかったそうである。 あとで、添乗員さんをつかまえて状況を説明した。 これまでに我慢してきた不満に思っていることの一部も話した。 しばらくしてから、スルーガイドと添乗員さんから謝罪があり、ショーの代金を返され、 お詫びとして九寨溝の写真集を渡されたが、写真ではなく自分の目でいい風景を見たかった。 スルーガイドにとっては、ちょっと雲が出ていたり、雨が降っているならば、来週もまた案内にくるのであるから、 どうでもいい風景かもしれないが、我々はまず二度とこない場所である。 その一瞬が勝負なのである。 例えば、朝の鏡海で、5分でいいから止まって、「今、風がない時間だから」と言ってくれればいいのである。 それが、そんなに難しいことであるだろうか。 こういったことが、ガイドの役割ではないだろうか。 普通のツアーより高い代金を払っているのにこんな思いをして旅をしなければならなかったと考えると、 何を言われても納得のいくものではなかった。 渋滞やトイレ事情などは、それも経験だと思い、特に文句はない。 しかし、せかされたり、文句を言われたり、ちょっと天気が悪くても、一瞬バスを止めることができないなど、 ちょっとした配慮ができないのは、ガイドとして最低である。 よほど日本のYHのツアーの方が親切である。 どんなに花の知識を知っていても、もっと根本的な部分で配慮ができなければ駄目である。 九寨溝に来る前にたまたま読んだホームページで、すぐせかされるとスルーガイドの文句を書いている人がいたが、 帰って改めて読み返したら同じガイドであった。 どれだけ、景色がよくても中身が最低であるならば価値はない。 この晩は、腹立たしさでほとんど寝ることができなかった。 |
| 7月31日(日) |
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| 九寨溝~黄龍~成都 |
![]() 黄龍・五彩池にて 2005.07.31 14:21 |
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ほとんど寝ることができずに朝を迎える。 6時00分にモーニングコールがあった。 天気は、またも雨である。 6時30分に荷物をだし、朝食をとる。 レストランへは、雨の中、5分ほど外を歩いていくのだが、シェラトンなのだから、 連絡通路をつくるなり、シャトルバスを出すことはできなかったのだろうか。 朝食は、昨日と同じだった。 今日も洋食を食べる。 7時30分、バスでホテルを出発する。 今日は、これから空港のある川主寺を通り、峠を越えて黄龍に行く。 8時10分過ぎ、九寨溝の干海子風景区を通過する。 その先には、チベット民族の家をモチーフにした巨大なリゾートホテルがあった。 来るとき、このあたりは寝ていたので、はじめて見る風景である。 川主寺に向かう道は多くのバスが走っている。 川主寺から来るバスも多い。 途中、エンジントラブルで立ち往生しているバスがあった。 そこでは、渋滞がおきている。 しかし、途中の風景は、綺麗である。 峠を越え、川主寺の市街地にはいる。 9時45分、市街地の中にある土産物屋に到着し、トイレ休憩をする。 相変わらず、土産物屋は見るものがないので早々にバスに戻る。 10時05分、土産物屋を出発する。 途中にある、酸素ボンベの専門店のような店に立ち寄り、酸素ボンベを購入する。 とりあえず、大丈夫そうな気がしたが、安心はできないので1本購入する。 バスは、黄龍への道を進む。 まずは峠越えである。 バスは峠道をぐんぐんのぼっていく。 10時50分、峠を越えるが真っ白な風景で、そのまま通り過ぎる。 峠には売店があった。 峠を越えるとバスは一気に坂道をくだり、11時10分、黄龍の入口に到着した。 まず、ホテルのレストランで早めの昼食をとる。 レストランは、結構、混みあっていた。 周りを見ると、日本からのツアー客が多い。 黄龍は、岷山山脈「びんざんさんみゃく」の最高峰、標高5588mの雪宝頂「せっぽうちょう」をバックに広がる風景区である。 黄龍は、この世の仙境という意味の「人間瑶池」とも言われる。 ここには、中国政府が自然保護の目的で指定した、黄龍溝風景区「こうりゅうこう」、 牟尼溝風景区「むにこう」、雪宝頂風景区「せっぽうちょう」、丹雲峡風景区「たんうんきょう」、紅星岩風景区「こうせいがん」、 四溝風景区「しこう」の風景区がある。 特に、黄龍溝風景区と牟尼溝風景区には、石灰を含んだ水がつくりだした不思議な風景がひろがっていて、 1992年12月、世界自然遺産に指定されている。 ここは、成都から北へ約360kmのところである。 今日は、黄龍の中でいちばん有名な黄龍溝風景区を歩く。 標高3199mの黄龍の入口、涪源橋から、のぼり4.2km、くだり3.8kmの道を南に歩き、標高3569mの五彩池へ行く。 途中、のぼりとくだりの道は別々になっている。 のぼりの道とくだりの道は別々になっていて、行きは途中のいい風景を見ながらのぼることになる。 九寨溝と同じように、ここを見学するには入場券を買うことになっている。 12時00分、ホテルからすぐの黄龍への入口のゲートを通り、歩きはじめる。 入場券は、スルーガイドが購入してきていて、それをゲートで見せて入場する。 黄龍は、それぞれが自分のペースでのぼることになった。 こんな時間でも結構な人数の人が入っていく。 道を歩きはじめると、すぐのところで籠がたくさんある。 ここは、かなりの高度の場所を長いこと歩くので、歩くのがつらい人のために五彩池まで籠で運んでくれるのである。 籠に乗るとくだりの道をのぼっていくので、途中にあるいい風景を見ることはあまりできない。 のぼりの道に途中のいい風景の場所が点在する。 ゲートから5分ほど歩くと、のぼりとくだりの分岐になる。 のぼりは、左の道をのぼる。 すぐに石灰でできた池や川のある場所、標高3216mの迎賓彩池「げいひんさいち」に着く。 石灰質の斜面を水が流れ、エメラルドグリーンの池がある。 ここは、黄龍の入口、涪源橋から約500mの場所である。 天気は相変わらず今ひとつであるが、綺麗な風景である。 しかし、休憩ができる場所やいいポイントでは、現地の人と思われる人達が占拠している。 写真を撮りながらゆっくり進むと、12時15分、標高3233mの飛瀑流輝「ひばくりゅうき」に着く。 ここで、涪源橋から857mのところである。 案内板には、中国語と英語の説明と共に日本語の説明も書いてある。 日本語の訳は、ちょっと変な訳し方をしているが意味はわかる。 滝は、水が綺麗な線を描いている。 さらに歩いていくと、売店があり、飲み物やフィルムなどを売っている。 売店の先で橋を渡ると、12時20分、蓮台飛瀑に着く。 ここで、涪源橋から1121mのところである。 滝を水が流れ落ちる脇にある階段をのぼっていく。 さらにすすむと道が交わり、12時25分、標高3281mの洗身洞に着く。 ここで、涪源橋から1273mのところである。 ここは、滝の真ん中に洞窟のような穴があいている。 洗身洞を回りこむようにのぼっていくと、12時30分、標高3281mの金沙舗地「きんさほち」に着く。 ここで、涪源橋から1338mのところである。 ここは、ウロコのような黄土色の大地を水が流れている場所で、全長1.3km、標高3397mの地点まで風景が続いていく。 道は、流れの脇をのぼっていく。 12時35分、330ほどの小池でできている標高3335mの盆景池「ぼんけいち」に着く。 ここで、涪源橋から1601mのところである。 雨が降ってきていて、美しさは半減しているが綺麗な池がある。 盆景池を過ぎると、また金沙舗地をのぼっていく。 歩いていると、老若男女、元気に騒ぎながら歩く人、黙々と歩く人、高山病でバテバテの人などいろいろな人がのぼっている。 自分はキャラバンシューズで歩いていて歩きやすいが、ブーツの人もいればサンダルの人もいる。 道は踏み固められた土の道か木道なのでサンダルでも危なくはないが疲れると思う。 12時55分、180ほどの小池でできている標高3381mの明鏡倒映池に着く。 晴れていれば、綺麗な風景が池に映るのだと思うがあいにくの雨である。 ここで、涪源橋から2019mのところである。 屋根のあり、ベンチがある休憩ポイントがあり、たくさんの人が休んでいた。 先に進むと、籠が待機している。 道の途中でも所々で籠が待機していて乗ることができる。 料金は乗る距離などによってかわるそうだ。 ちなみに、体重でもかわるらしい。 また、我々にはふっかけてくることもあるそうだ。 あとで籠に乗った人の話によると、のぼっていく途中で突然立ち止まり、チップを要求することもあったそうだ。 13時05分、400ほどの小池でできている娑夢映彩池に着く。 つつじ池と呼ばれるところらしく、初夏にはつつじが咲き乱れるそうだ。 ここで、涪源橋から2136mのところである。 13時10分、658ほどの小池でできている標高3431mの争艶彩池「そうえんさいち」に着く。 ここは、あたり一面にエメラルドグリーンの池が点在している。 ここで、涪源橋から2447mのところである。 池の向こう側のくだり道にも展望台がある。 少し進むと売店がある。 その先の、接仙橋という橋に13時25分に着く。 橋には屋根のあるベンチがあり、空いていたのでちょっと休憩する。 雨は相変わらず降っている。 ちょっと息もあがってきたが酸素ボンベが必要なほどではない。 九寨溝に2日間いる間にだいぶ体が高山に慣れたようである。 歩き出すとすぐに下山道と合流する。 係の人がくだる人を下山道へ道案内している。 涪源橋から籠でのぼってくるとこの下山道をのぼってくる。 このあたりからは、道の両側に木が茂る踏み固められた土の道をのぼっていく。 ゆっくりのぼっていくと、13時35分、中寺に着く。 この寺は明の時代に建てられたものである。 ここで、涪源橋から3456mのところである。 ここには、売店やトイレ、大きな休憩所があり、軽食を食べることができる。 13時40分、中寺を出発する。 道は大勢の人が歩いている。 その中を、大声で叫びながら籠が通り過ぎていく。 相変わらず、譲り合いの精神はない。 強引な者が勝つのである。 心拍数があがってきたのでちょっとずつ休みながら、川の流れに沿ってゆっくりのぼっていく。 14時00分、黄龍古寺「こうりゅうこじ」に着く。 この寺も明の時代に建てられたものである。 ここには、黄龍真人「こうりゅうしんじん」が祀られ、道教の聖地として参詣者が多くやってくる場所である。 ここで、涪源橋から4126mのところである。 休憩がてら寺の中を見学して、14時05分、標高3569mの五彩池を見に行く。 この五彩池の風景を見るために、みんな一生懸命歩いてくるのである。 五彩池は、黄龍古寺の裏側にあり、五彩池をまわる道がある。 上からの眺めを先に見たいので西側の展望台がある方から歩く。 まわり方としては反時計回りである。 まわり方は、別にどちらから行ってもかまわない。 まず、階段のある坂道をのぼり、五彩池を上から眺める。 途中、展望台が3カ所ありそれぞれの場所から五彩池を眺める。 雨が相変わらず降っているし、現地の人と思われる人達が相変わらず、図々しく大騒ぎをしているので落ち着いてみることはできない。 彼らの写真の撮り方も、相変わらずである。 とにかく気配りがない。 しかし、少しわかってきたのは、こういったところでは端に行くと人がいないことが多い。 彼らは、真ん中を占拠したがる。 だから、端の方で写真を撮っていると邪魔されないことが多い。 あとは、なにを言っていても無視することである。 どうせ、彼らがなにを言っているか、わからないからである。 五彩池は、693個の大小、多くの池が棚田のように連なり、エメラルドグリーンの水が流れている。 ここで、涪源橋から4166mのところである。 五彩池の一番南側にある3カ所目の展望台から五彩池におり、池の東側の遊歩道を歩く。 あちこちで長い時間をかけて記念写真を撮る人達に閉口しながら綺麗な風景を眺める。 雨がかなり強くなってきた。 雨がなければ綺麗な水面を見ることができたはずである。 14時55分、黄龍古寺に戻り、15時00分、下山する。 帰りは足取りが軽い。 15時15分、中寺に着く。 ここで、売店でおやつを買いちょっと休憩する。 その後、中寺のマニ車を回したりして、15時25分、出発する。 のぼりの道と下山道との分岐を、15時35分に通過する。 下山道は、森の中の道である。 ここから出口の涪源橋までは2600mである。 まわりは花がたくさん咲いている。 木立の向こうには、時々エメラルドグリーンの池が見える。 下山道は、大勢の人が下山していて、しかも、前から後ろからたぶん「どけ!どけ!」と叫びながら籠がやってくる。 どこでもそうであったが、自分のペースや落ち着いて歩くことは不可能である。 15時45分、展望台がある。 池の反対側ののぼりの道を大勢の人が歩いている。 少し歩くとまた展望台がある。 さらに歩くとトイレがあり、その先で木立がきれ、金沙舗地が見える。 少し先には、展望台もある。 このあたりで何人かの荷揚げの人達とすれ違った。 たぶん、籠を担いでいる人がやっているのだと思う。 荷揚げの人達は、たくさんの荷物をしょって道をのぼっていく。 籠を担いでいる人もそうであるが、ものすごい体力である。 16時00分過ぎ、道は水の流れから遠ざかっていく。 トイレや休憩できる場所を通り過ぎ、16時15分、のぼりの道に抜けられる道が合流し、16時20分、のぼりの道と合流する。 ゲートまであと少しである。 16時25分、ゲートに到着する。 ゲートを通り、土産物屋をちょっと覗いて、待ち合わせの昼食を食べたホテルに向かう。 すぐにホテルに着き、トイレに寄り、みんな一緒にバスの駐車場に向かう。 駐車場には、たくさんのバスが止まっている。 その中には、寝台車のバスもあった。 16時50分、バスは黄龍を出発し、峠へ向かって走っていく。 雨はほとんど止んだが、坂道をのぼるにしたがって雲が近づいてきて峠は真っ白であった。 峠を17時20分に通過し、道をくだっていく。 しばらくくだったところで、バスは止まり給水を行った。 ここは、結構、景色のいいところであったが、外に出て写真を撮らせてはもらえなかった。 やはり、スルーガイドは何もわかっていないのだと実感した。 バスは、順調に走っていき、17時55分、川主寺に到着する。 そのまま、九寨黄龍空港に向かって坂道をのぼっていく。 九寨黄龍空港には、18時15分に到着する。 空港はそんなに混んでいない。 帰りは、19時20分発の中国国際航空CA4474便で成都に戻る予定だったが、成都からの便が機体点検で遅れているそうだ。 まだ、成都を飛び立っていないらしく、搭乗手続きをして、待合室で待機する。 売店を眺めたり、他の参加者といろいろな話をしてのんびりする。 スルーガイドの会社で取り扱っているおみやげを注文する。 ちょっと高い気がするが、一応、お礼を込めて職場用のものをひとつだけ頼んだ。 何個も頼んでいる人もいた。 我々が乗る飛行機のあとに来る便も遅れるようである。 待っていると、成都を飛び立ったと案内があった。 その飛行機が到着して、すぐに搭乗する。 帰りも建物から外を歩いて飛行機に乗り込む。 搭乗券は、建物の出口と飛行機に乗り込むタラップで確認され半券をとられるようになっていた。 席は、後方の左側の通路側C席だった。 席に行くと、現地の人と思われる人が座っている。 彼らは、好きな席に座っているようでまわりの席でも席が違うともめている。 帰りの飛行機の機体はA319である。 これまでの機体に比べて新しくシートも広い。 しかし、非常口のドアのところにも普通に座席があった。 非常時には、どのように外に出るのか不思議であった。 そういえば、これまでに乗ってきたバスには非常口が無かった。 その代わり、窓枠にハンマーがつけられていて、それで窓を割って外に逃げるようになっていた。 飛行機は、たぶん、満員の乗客を乗せ、20時30分に出発した。 飛び立つとすぐに水平飛行に移る。 帰りの機内サービスは、ミネラルウォーター1本と中国のお菓子であった。 通路側の席なので外の風景は、全然わからない。 成都双流国際空港には、21時15分に到着(定刻は20時00分)した。 預けた荷物を受け取り、21時35分、空港を出発してバスで夕食を食べに行く。 22時00分にレストランに到着し、最後の中華料理を食べる。 成都にある四川大学で日本語の勉強をしているという学生の説明やサービスを受けながら食事をする。 サービスで出された紹興酒がおいしい。 ビールを飲み、ちょっと辛めの麻婆豆腐を食べる。 本来は4日目の夕食で四川料理を食べる予定であったが、渋滞で食べに行けなかったので、今日の店で麻婆豆腐だけ出してもらった。 しかし、最初、他の客に出されてしまい最後に出された。 本来の辛さではないようだが、おいしかった。 ゆっくりと食事をして、23時20分、レストランを出てホテルに出発する。 今晩もこれまでと同じホテル、「岷山飯店」に宿泊する。 バスの中であらかじめ、明日、出国のさいに必要になる「出境カード」を添乗員さんから受け取る。 ホテルには、5分ほどで到着した。 九寨黄龍空港で頼んだおみやげが届いていたが、頼んだ物と違ったので交換してもらうためにしばらく待たされる。 最後までうまくいかない。 明日は、昼過ぎの飛行機で帰国するのでホテルを11時00分に出発するそうだ。 時間があるので、朝、スルーガイドの案内で武侯祠「ぶこうし」の観光にオプションで行くことができるそうだが、 ツアー代が200元と高いし、三国志にそんなに興味もないし、のんびりしたいので遠慮する。 |
| 8月1日(月) |
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| 成都~北京~成田 |
![]() 成都の街・岷山飯店にて 2005.08.01 09:30 |
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オプションのツアーに行かないのでモーニングコールはない。 天気は、どんよりした空をしている。 しかし、成都はそんな天気が多いらしい。 8時30分、レストランに行く。 食事は、2日目の朝食と一緒でバイキングであった。 オプションツアーに行かない人達と待ち合わせて朝食を食べる。 添乗員さんも一緒になり、ゆっくりと食事をする。 10時00分に荷物をだし、11時00分にバスでホテルを出発する。 空港に行く前に土産物屋に立ち寄る。 しかし、行く予定だった店は、周辺の工事の影響で停電していて休みだった。 仕方ないので他の店に行く。 11時30分、土産物屋に到着する。 しかし、案内された店は、我々しか客がおらず、寄付でまかなっているから値段が安いと言っていたが、高い物ばかりであった。 そのため、相変わらず、見るものがないのでのんびりと待つ。 しかし、たくさんおみやげを買い込んでいる人もいる。 12時15分、土産物屋を出発して空港に向かう。 空港の国際線の搭乗口には、12時35分に到着する。 ここで、スルーガイドとはお別れである。 彼女は、このまま、今日やってくる同じツアーのスルーガイドとしてまた同じコースをまわるそうである。 今度は、いいガイドをしてほしいと思うが、どうだろうか。 「税関申告書」を書き、添乗員さんが搭乗手続きをしてくれるのを待つ。 席は、翼の上、右側の窓側F席だった。 添乗員さんの指示に従って、身分証明書の検査を受け、手荷物検査を済ませ、待合室で待機する。 搭乗時間がきて、バスに乗り込む。 しかし、バスはほんのわずか移動しただけで止まる。 歩いた方が早い距離だった。 バスを降り、階段をのぼり、ボーディングブリッジから機内にはいる。 この飛行機は、中国国際航空CA421便北京経由成田行である。 機体は、B757-200である。 席のリクライニングが壊れている。 13時40分、定刻に出発する。 上空は雲が多くあまり下の景色は見ることができなかった。 14時20分過ぎ、昼食が出る。 飲み物でビールを注文すると、相変わらずぬるい中国産のカールスバーグがでた。 16時10分(定刻は15時50分)、北京首都国際空港に到着する。 今日は、ボーディングブリッジに横付けされた。 行きと同じで、出国手続きのために、一旦、飛行機をおりる。 飛行機をおり、再搭乗券を受け取り、出国手続きのところで「出境カード」を提出する。 「税関申告書」は見せただけであった。 審査が終わり、飛行機に戻り、同じ席に座る。ここでも添乗員さんが指示を出してくれるのでありがたい。 北京からの乗客も乗せて、16時55分(定刻は16時50分)、離陸する。 日本時間にあわせるために時計を1時間進める。 上空は、相変わらず雲が多く、あまり下の景色は見ることができなかった。 日本時間で、18時40分過ぎ、夕食がでる。 行きと同じようなメニューである。 しかし、にほんそばがついていた。 飲み物でワインを頼んだら白も赤もやはり、甘めでぬるめであった。 あとで、ビールも頼んだが、やはり、中国産のカールスバーグで、ちょっとぬるかった。 空は、徐々に夕焼けになり、夜空になる。 下の雲は、なかなかきれない。 20時00分過ぎ、雲がきれる。 眼下には、神戸から大阪と思われる夜景が広がる。 しかし、また、雲がひろがってしまう。 上空には、星が綺麗に見える。 成田に近づき、徐々に飛行機は下降し、雲の下に出る。 上空には、飛行機の列が続いているのが見える。 成田空港には、21時10分に到着(定刻は21時00分)する。 予想通り、ボーディングブリッジには横付けされず、バスで第2ターミナルの建物に移動する。 入国審査を通り、預けた荷物を受け取る。 ここで、一緒のツアーの人達とはお別れである。 それぞれ、挨拶をして分かれる。 時間が遅いのでスムーズに進むことができ、21時30分過ぎには、外に出ることができた。 今日は、行きに車を止めた、成田ビューホテルに宿泊する。 21時45分発の連絡バスに乗る。 結構、乗客は多い。 22時05分過ぎにホテルに到着する。 チェックインをして部屋に行く。 ホテルのお姉さんが荷物を運んでくれちょっとびっくりする。 このホテルは、インターネットで安いパックを見つけて事前に予約した。 だから、そんなサービスまでしてくれると思わなかった。 部屋からは空港を望むことができた。 大浴場の無料券をチェックインの時にもらったので、ゆっくり風呂に入り、 ホテルの最上階のラウンジでオードブルとドリンクの宿泊者割引セットを食べる。 オードブルは、4種類あったがビーフストロガノフを選び、ドリンクは赤ワインを選んだ。 久々のおいしい洋食を優雅に楽しんだ。 |
| 8月2日(火) |
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| 成田 |
![]() 成田空港に着陸する飛行機・成田ビューホテルにて 2005.08.02 12:34 |
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今日は、チェックアウトが15時なのでゆっくり起きる。 ホテルの売店で買ったインスタントのスパゲッティを食べる。 ほとんど、中華料理ばかり食べていたので、なにを食べてもおいしく感じる。 12時30分過ぎ、ホテルを出発し、家に帰る。 途中、首都高速道路が渋滞していたが、順調に家に戻った。 |
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今回は、いろいろと思うところのある旅であった。 旅行から戻って、JTBに対してアンケートに答えるかたちで自分の思いを書いて送った。 後日、JTBからそれに対してありきたりなお詫びの言葉と、今後、改善していくと書かれた1枚の手紙が送られてきた。 これだけ不快な思いをしてきた自分に対して、どう対処するのかを聞きたかったのに、 どこにも、それについては書かれていなかった。 やはり、自分の思いは通じなかった・・ ※ 地名の表記で外字を使用しているため一部見にくい場合があります。 ※ 一部、不適切な表現があるかもしれませんが見たままのことを書いています。 |

おかえりなさい【中国の旅】に戻ります。 おかえりなさい【北海道の旅】に戻ります。 |
